| アロママッサージと私 |
| アロママッサージを行うひととき、私はこの上なく本来の自分に近づく。 これに携わっている間の時間の流れや空間・空気が自分にとってこの上なく心地良いのが最もの理由だが、クライアントに接するには、その前段階で日常の自分の本質と向き合う、向き合い続けることが不可欠だと思う。 私はアロママッサージを通して漸く自分を探求し始め、その自分を通してより良く生きることを感じ学び、実践する足掛かりを掴もうとしているように思う。 アロマに関わりを持つ以前は、根底にある本質の目的や要求の声に耳を澄ませ自愛することを抜きに、ただ自分を急き立て休息を与えないことで空虚感を埋め、充実感に掏り替える詰め込み作業を続けるのが日常的習慣としてあり、その感覚を精神・肉体へと植え付け、そこから何かを見出そうと逆に荷を課して来た。 それに対して肯定・否定はしないが、これを客観的に捕らえると作業活動することが目的で、そこに目が向き、当の本質部分への探求は等閑といった状態だ。自らが見極めを下す時に必要なタイミングや感性を尊重する為に「待つ」という術を使わずに過ごして来た様に実感する。むしろ、私にとって「待つこと」は置き去りにされることであるとか、恐怖・不安・罪悪感・無価値観を引き寄せる行為との認識が強かった。 そんなある日、忘れ得ぬ感動的な瞬間が、それ以降の方針の軸の1つとなるアロママッサージと私を近く結び付ける大きな手掛かりとなった。 長年の間、肉体に信号として表面化している皮膚疾患のケアーを受ける最中、その日はいつにも増してセラピストの心がその手を通して私の疲れ切った心身に伝わり、感謝の気持ちで満たされながらマッサージを受けていたのを覚えている。 その頃の私は、漸く自分の核心とする部分を見つめ始める時期に立っていた。施術後の心身を休める鎮静の時間に、自分と向き合い対話してみた。これまでのところ、何を求めてやって来たのか。今、私の本心は何をやりたいと思っているのか。この先、どこに行き着きたいと思っているのか。疲れ切った身体から安らいだ身体への感覚と共に、感動で満たされた涙が溢れ出て来て、濃密な感性の世界で周りを囲まれているような感じがした。 そこはネガティブをポジティブへ力むことなく自然に変化して行ける場所の様に感じた。そして、長年の皮膚疾患を患って来た変遷の中で、自らの心と身体で受けた瞬間の感動が発端となり、セラピストになりたいと率直に感じた。それは私にとって長年クライアントとして居続けた立場から転じて、セラピストに移行しようとするタイミングであったように思う。 アロマオイルを使用してのマッサージを行うに至った根拠は次の通りである。 |